歴史的仮名遣いを古典として学ぶ意味って?

今朝の東京新聞

まだネットに記事はあがっていたなかったので、ざっくり紹介

古典の授業として、明治時代のお悩み相談の新聞投稿を使って、歴史的仮名遣いを学ぶというお話。古文に苦手意識を持つ感じる中高生が少なくないので、竹取物語と平家物語を学ぶのではなく、まずは100年前の文章から歴史的仮名遣いに向き合うきっかけになってほしいという趣旨。

一方で 日本経済新聞

平安末期から鎌倉前期の代表的歌人、藤原定家の流れをくむ京都市の冷泉家で、定家直筆の「顕注密勘(けんちゅうみっかん)」が発見された。古今和歌集の注釈書である顕注密勘は和歌研究で極めて重要な書物と位置づけられ、複数ある写本の一部は重要文化財に指定されている。国宝級の直筆原本の発見は、和歌研究にどんな影響をもたらすのだろうか。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF116XF0R10C24A6000000

約1000年前の書物の発見により、歌人藤原定家の文章、つまり歴史的仮名遣いによる文章の解明が進んでいる。そこからは、一生をかけて古今和歌集を読み解こうとした定家の気迫が感じられるとのこと。古今和歌集は、平安前期の歌集のようなので、1300年前後の万葉仮名も含めた歴史的仮名遣いの文章だろう。

中学生高校生が、古典を国語として、指導要領に規定されて限定された定型文を読めて意味を理解する学び、それが入試や定期テストとして出され、苦手意識を醸成することにつながっているのは大変もったいないと思う。正直、わたしも苦手科目だった・・・

日本語って、漢字を受け入れた約4世紀ころから、本当に進化というか変化し続けている文字だと思うので、点で学ぶより線で学ぶ方が理解しやすいと思うし、なによりその時代時代の日本人の文字に対する苦労がわかってくる。つまり、日本語を文字として持たなかった古代日本人が、音も文法も意味も全くわからなかった漢字を日本語にあてはめて、その過程でカナかなを作っていった、その文字としての日本語の歴史や、話し言葉と文章文字の違いがなぜ生じているかなどを古典として学んだ方が、日本語への理解と尊敬の念が生まれるのではないかと思う。すくなくとも、私は、そういう背景がわかり、古代日本とのつながりをものすごく身近に感じるようになりました。