下手になる 哲学者・永井玲衣さん

「哲学対話を重ねていくと、どんな変化がありますか」ときかれると、考え込んでしまう。きくひとは、何か「すてき」な効果を期待しているようだ。たとえば、批判的思考力がつくようになるとか、会議がスムーズになるとか。もちろんそういうこともたくさんあると思うのだが、哲学対話のおかげなのかもよくわからない。あまり簡単に答えないようにしている。

興味深いことがある。数年前に参加した学会に、大学の授業で哲学対話をしているという田中一孝先生が、学生たちの変化について報告していた。対話をはじめる前に「自分は他者の話をよくきけると思う」とか「よく考えられると思う」とかいうアンケートに対して「よくできる」と答える学生が多いという。だが、年月を重ねて対話をくりかえしていき、学期の最後に同じアンケートをとると「よくできる」と答えるひとは少なくなる。むしろ「できないと思う」を答える学生が増えるというのだ。わたしはほんとうにいい話だなと思う。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD190KD0Z10C25A4000000

この話、とても良かったです。私も、学べば学ぶほど、何も言えなくなるというか、断言できなくなるというか、相手の立場になるとその選択が絶対なのかなどとにかく迷いが増えた。そして、正しいと思う真実や事実は、客観的なものではなく主観的な立場で変わるものが多いこともわかった。なので、この話にとても納得できた。一つ加えるとすれば、どうしても決断しないといけないときや自分の意見が求められる時は、一呼吸して(できるときは・・・)とにかく自分におきかえて考えることにしている。